2.腸管上皮オルガノイドを用いたステムセルエイジングの検討 オルガノイド培養技術により、腸管上皮由来の若い幹細胞と老化した幹細胞を培養・維持し、網羅的な遺伝子発現やエピゲノム変化などを検討することでステムセルエイジングの解明を試みた。若齢マウスと比較して、老齢マウスでは、腸管上皮オルガノイド樹立の成功率が有意に低下しており、老齢腸管上皮由来オルガノイドでは、腸管陰窩構造の形成能力が低下していた。マイクロアレイにより網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、幹細胞マーカーであるLgr5の発現が老齢腸管上皮由来オルガノイドで有意に低下していた。また、p16やp21などの老化関連遺伝子の発現が老齢腸管上皮由来オルガノイドにおいて有意に上昇していた。 さらに、腸管上皮オルガノイドを用いてシングルセル解析による検討を行った。老化に伴ってタフト細胞マーカーであるDclk1の発現は十二指腸では上昇傾向にあった。またタフト細胞は分化細胞であるにも関わらずCryptにおいてもDclk1陽性細胞が観察された。Dclk1陽性細胞は十二指腸、空腸、回腸の順に高頻度で存在していたほか、十二指腸においてはCryptで上昇傾向がみられた。シングルセル解析では複数のマーカー遺伝子によってタフト細胞群がクラスタリングされ、幹細胞性を兼ね備える細胞の存在が確認された。APCminオルガノイドにおいてDclk1の発現上昇と、Msln、Cd44をはじめとするがん幹細胞マーカーの発現上昇が確認された。Cd44は正常マウスの十二指腸においても上昇傾向がみられた。以上から、十二指腸では老化に伴って幹細胞性が減少し、Dclk1がそれを補完している可能性が示唆された。さらに一部の腫瘍化リスク因子も老化にともなって上昇していることが明らかになった。一連の流れはポリープを形成するAPCminオルガノイドにおいても確認され、老化した腸管上皮は腫瘍化状態に向けた遷移状態である可能性が示唆された。 本研究により、十二指腸においては、Dclk1が老化によって減少した幹細胞性を補って発現上昇が起こっている可能性が示唆された。また、Dclk1陽性細胞において一部の腫瘍化リスクが上昇していることから、上昇したDclk1が何らかの原因で腫瘍化の一因になっている可能性が示唆された。一方でDclk1陽性細胞がどのような機序で腫瘍化関連因子の上昇を引き起こしているのかは未だ明らかではない。Cryptにおける幹細胞性を兼ね備えたDclk1陽性細胞の存在意義については、遺伝子編集モデルなどを活用して引き続き検討する必要がある。既報では小腸を一つの臓器として扱う報告が一般的だが、本研究により、部位によって幹細胞性、老化や腫瘍化傾向の程度に差があることが明らかになった。より正確な検討のためには部位ごとの比較が重要であると考えられる。 以上より、Dclk1陽性細胞は十二指腸の腸管上皮において老化によって減少した幹細胞性を補うとともに腫瘍化のリスク因子となっている可能性が示唆された。 3.エクソソームによる細胞間相互作用を標的とした創薬研究 近年、血液などの体液から検出される細胞外マイクロRNA (miRNA)が様々な疾患バイオマーカーとして有用であることが明らかとなりつつある。この細胞外miRNAはエクソソームなどの細胞内小胞によって細胞から細胞へと輸送される機能分子であると考えられているが、その複雑な細胞間コミュニケーションの全貌は未だ十分に明らかにされていない。本年度は都立駒込病院、国立がん研究センター、東海大学、名古屋大学などとの共同研究により、肝硬変に対する治療効果予測指標となるmiRNAや、がん診断に貢献する細菌由来RNA、卵巣がん細胞内小胞バイオマーカー、呼吸器疾患バイオマーカーなどの研究を進めている。 また膵がんの発がん過程において血中miRNAが変化するメカニズムを解明するため、膵がんドライ薬物治療学講座 3 薬物治療学講座 99
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