標識試薬は,単にタンパク質や生体小分子などを蛍光ラベル化することで,その分子の挙動を可視化するものであるが,一方,対象とする生体分子との化学反応によって,励起波長・蛍光波長・蛍光強度などの蛍光特性が変化する蛍光プローブを開発することで,新たな生命現象を視ることが可能となる。 これまでの蛍光プローブの開発研究では,如何にして発蛍光をoff/on制御するかが中心となり,多くの実用的な蛍光プローブが開発されてきた。我々は,本研究分野への新たな切り口の提案を目指し,汎用性の高い蛍光団自体を新たに創製することで,蛍光イメージングの分野を大きく展開することを行なった。特に,従来汎用されている緑色波長領域の蛍光に留まらず,さらに長い深赤色から近赤外波長領域に渡る新規蛍光団の創製を行った。それによって,よりin vivoに近い生体サンプルへの応用,すなわち,高い組織透過性,低いバックグラウンド蛍光や低い光毒性を達成する蛍光イメージングおよび,多色蛍光色素を同時に用いたマルチカラーイメージング技術の充実を目指している。具体的には,キサンテン蛍光団の蛍光プローブ母核としての優れた特性を保持したまま更に長波長の蛍光を有する新規蛍光団の開発として,フルオレセインのキサンテン環10位のO原子をSi原子に置換することで,新たな赤色蛍光団TokyoMagenta類の開発に成功した。その吸収・蛍光波長は通常のフルオレセインよりも約90 nm長波長化しており,さらにその光学特性を精査した結果,フルオレセインとは異なった蛍光イメージングにおける優れた光学特性も保持していることを見出した。このようなO原子をSi原子へと置換したケイ素置換キサンテン蛍光団は,ローダミンといった他のキサンテン蛍光団の蛍光の長波長化にも有効であった。さらに,これら新たな近赤外蛍光色素を用いて,低酸素環境検出プローブやpHプローブなどの多数の近赤外蛍光プローブの開発に成功している。また,開発した蛍光団の分子構造を最適化することで,細胞内及び生体内での非特異的な生体分子への吸着を抑え,より高いS/Nでの腫瘍イメージングやCa2+イメージングを達成することにも成功している。 II.温度応答性高分子を用いた抗体医薬,細胞医薬の精製法の開発 生体試料の前処理として主に用いられている固相抽出は,シリカゲルやポリマーゲルなどの固相担体を充填したカートリッジを用いて,疎水性相互作用や静電的相互作用などに基づき試料中の目的物と不純物を分離する手法であり,他の前処理方法と比較して便宜性が優れている。一方,目的タンパク質の高純度精製に用いられているアフィニティークロマトグラフィーは,酵素と基質,抗原と抗体などの特異的相互作用を利用して目的物質の分離・精製を行う手法であり,その選択性の高さから様々な生理活性物質の分離・精製に広く利用されている。しかしいずれの手法においても,従来の方法では目的物質の溶出に有機溶媒や低pH,高塩濃度条件が必要となることが多く,タンパク質の凝集・変性が起こりやすい,脱塩など煩雑な後処理を要するなどの問題点がある。本研究ではこれらの問題を解決するため,温度応答性高分子として知られるpoly(N-isopropylacrylamide) (PNIPAAm) を分離担体に応用し,温度制御のみで抗体医薬品を分離・精製する温度応答性固相抽出カラムを作製した。PNIPAAmは下限臨界溶解温度(Lower Critical Solution Temperature; LCST, 32˚C) を境に低温側では伸長,高温側では収縮する性質を持つ。この性質を利用し,外部温度を変化させることにより担体表面の性質を変化させ,目的タンパク質の分離精製を行った。温和な条件下でのタンパク質の分離精製が可能となるため,活性維持や工程の簡略化への貢献が期待できる。本システムにより温和な条件での抗体精製に応用可能であると考えられる。 現在の再生医療では,移植用の細胞を効率よく分離・精製する方法が求められている。フローサイトメトリーに代表される既存の細胞分離法は,細胞表面に蛍光色素や磁気微粒子を修飾する必要があり,これらが,移植の際に生体に悪影響を及ぼす可能性がある。そこで,温度応答性高分子として知られる創薬分析化学講座 3 創薬分析化学講座 171
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