慶應義塾大学薬学部 教育・研究年報2022
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を有するArgやLysが3残基ごとに配置する領域が存在する。これまでにこのS4が膜電位依存に膜内の細胞内側と細胞外側の間で移動することがアロステリックにPDのゲートの開閉を制御することが分かっていたが、膜電位存在下でのタンパク質の立体構造解析は従来の構造生物学的手法では困難であり、VSDの膜電位依存的な構造変化様式の詳細は不明であった。そこで、当講座では、VSDをリポソームに再構成し膜電位を発生させた際の構造を、S1とS4に変異導入したCys同士のジスルフィド(SS)結合により安定化する方法を確立した。さらに、SS結合を検出する方法を確立した。また、これまでに、VSDだけでなくKvAP全長の発現系について、SS結合を形成するほど近接するCys残基対を3ペア同定していた。 2022年度は、これらの変異体のクライオ電顕による構造解析を進めた。しかし、界面活性剤に火曜化した試料の電顕像からは、KvAPの分子の揺らぎにより適切に立体構造解析ができなかった。現在、ナノディスクに再構成し、脂質二重膜中での構造解析に取り組んでいる。 BTG2を介したmRNA3’ポリAの分解メカニズムの解明 真核生物のmRNAは、核内で転写後に5’末端にcapの付加、3’末端に200塩基程度のポリA鎖の付加を受け、核から細胞質に移動する。細胞質では、5’-cap構造には複数の翻訳因子が結合し、3’-ポリAにはポリA結合タンパク質PABPが8分子程度結合し、PABP多量体を形成する。このようにしてmRNAの翻訳が開始するが、一方でmRNAはdeadenylaseによりpolyAが分解されるとmRNA全体がRNaseにより急速に分解され、翻訳活性を失う。すなわち、このdeadenylaseによるpolyA分解は、mRNA分解の律速段階であり、翻訳を調節する重要なステップの一つである。主要なdeadenylaseとして、Caf1/Ccr4, Pan2/Pan3複合体が知られている。 これまでに、発がん物質や神経因子などの刺激や放射線などによる DNA 損傷を受けて一過的に発現が誘導されるBTG2というタンパク質が、PABP共存下でCaf1のdeadenylase活性を顕著に上昇することが知られており、がん細胞の増殖を抑制するなどの重要な過程を担っているが、そのメカニズムは不明であった。そこで本研究では、BTG2がどのようにしてCaf1を活性化するかのメカニズムを解明するため、3者の相互作用を立体構造の見地から明らかにすることを目的とした。 2022度は、それぞれのタンパク質の大量調製法を確立し、BTG2-Caf1の結合親和性を等温滴定型カロリメトリー(ITC) により解析したところ、両者は解離定数が10-9 - 10-8 Mのオーダーで強固に結合することが分かった。さらにPABPとBTG2/Caf1複合体についても直接の相互作用をITCとNMRでとらえることに成功した。今後は、PABP-BTG2/Caf1複合体の立体構造解析を進めていく。 感染症の原因PPIを標的とする合成中分子阻害剤の合理的設計プラットフォーム 本研究は、細胞へのウイルス感染の原因となるタンパク質間相互作用(PPI)を阻害する作用を持つ合成中分子化合物について、AI予測モデルに基づいた高効率かつ高精度での探索や創製を可能とする創薬プラットフォームを構築し、その有用性を実証することを目的としており、2021年度にAMEDの支援の下で研究をスタートさせた。 具体的な研究対象として、ヒト細胞表面上のアンギオテンシン変換酵素(hACE2)とSARS-CoV-2のウイルス表面上のスパイクタンパク質であるSARS-CoV-2-S1-CTD(SP)とのPPI界面での相互作用生命機能物理学講座 3 生命機能物理学講座 53

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