慶應義塾大学薬学部 教育・研究年報2022
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パク質全体に偏りなく分布している。この疾患はCHT1の発現・機能低下によるコリン作動性シナプス伝達の異常に起因すると予想される。我々は、これまでに見出されている19種類のCHT1遺伝子変異について全ての変異体を作製し、培養細胞発現系における発現・機能解析を行った。まず、CHT1各変異体について形質膜発現量を評価するため、HEK293T細胞に変異体を発現させた後に親水性ビオチン化試薬を用いて形質膜タンパク質を精製し、ウエスタンブロットで解析した。形質膜発現量を野生型に対する割合で定量化したところ、多くの変異体(14種類)では形質膜にほとんど発現していないが、5種類の変異体では野生型と比べて同程度あるいはより発現量が高いことが明らかとなった。次に、CHT1の親水性リガンドであるHC-3を用いて、CHT1各変異体の形質膜発現量・リガンド結合能を評価した。特異的[3H]HC-3結合量について野生型に対する割合を求めたところ、CHT1 R446Gを除く全ての変異体についてHC-3結合活性が25%以下であった。CHT1各変異体のコリン輸送能を評価するため、特異的[3H]コリン取り込み量について野生型に対する割合を求めたところ、全ての変異体についてコリン取り込み活性が25%以下であった。そのうち12種類については活性が10%以下であった。以上の結果より、19種類の先天性筋無力症関連CHT1変異体全てにおいてコリン取り込み活性の顕著な低下がみられ、その多くが形質膜発現量の低下に起因することが分かった。各変異体は発現・機能の特性によって大きく二つのグループに分類された。一つは、形質膜発現の低下によりコリン取り込み活性が低下した変異体14種類で、もう一つは、タンパク質は形質膜上に検出されるもののHC-3結合活性・コリン取り込み活性が低下した変異体5種類である。致死あるいは重い全身性症状の報告がある患者で検出された7種類の変異体は前者のグループに含まれる。このことからCHT1の形質膜発現の低下が疾患の重症化を招く可能性が示唆された。 2.筋萎縮性側索硬化症の病態進行における血管周囲マクロファージの関与 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動ニューロンの選択的な障害により徐々に運動機能が低下し、やがては死に至る神経変性疾患である。治療薬としてリルゾール、エダラボンが承認されているが、いずれも対症療法に留まる。治療の選択肢が少なく根本的な治療法は未だないため、詳細な疾患メカニズムの解明と新規治療法の開発が急務である。 神経変性疾患の特徴として、神経細胞内外での毒性タンパク質の異常な凝集・蓄積が知られている。我々は以前より異常タンパク質の除去に着目し、近年提唱された脳内の老廃物排泄機構であるGlymphatic systemについて、ALSモデルマウス(SOD1G93Aマウス)での解析を行った。脳脊髄液中にトレーサータンパク質を投与すると、野生型と比べ脊髄でのタンパク質の蓄積が亢進したことから、SOD1G93AマウスにおけるGlymphatic systemによるタンパク質排泄の遅延が示唆された。しかし、タンパク質投与からより長期間の時間経過を観察すると、野生型とSOD1G93Aマウスでタンパク質の蓄積は同程度となり、Glymphatic systemの排泄だけでは説明できない現象があると推測された。そこで、その時点での脊髄組織を観察したところ、ほとんどのタンパク質が血管周囲マクロファージに取り込まれていることが明らかとなった。 血管周囲マクロファージ(Perivascular macrophages: PVM)は、脳実質のグリア性境界膜と血管基底膜で囲まれた血管周囲腔 (Virchow-Robin space) に存在する免疫系細胞である。PVMは、アルツハイマー病においては原因タンパク質アミロイドβの排泄に働き、一方多発性硬化症では神経炎症の促進に関与することが知られている。しかし、ALSとPVMの関連は未だ明らかとなっていない。 我々の先行研究により、ALSモデルマウスにおいてPVMが異常タンパク質の取り込みに関わる可2 薬理学講座 60 薬理学講座

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