慶應義塾大学薬学部 教育・研究年報2022
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能性が示唆されたことや、ALSの進行にはミクログリアやアストロサイトといった、運動ニューロンの周囲の細胞も病態形成に寄与することが知られていることから、SOD1G93Aマウスを用いてALS病態におけるPVMの役割を解明することを目的とした。 ALS病態進行に伴うPVMの量的変化を評価するため、各病期のSOD1G93Aマウスの脊髄切片においてマクロファージマーカーCD206及び血管マーカーCD31での蛍光二重免疫染色を行い細胞数を定量した。その結果、病態進行に伴うPVMの有意な増加が認められた。次に、PVMの質的変化を評価するため、しばしばマクロファージの活性化マーカーとして用いられるMHC class Ⅱ(MHC Ⅱ)分子に着目し、CD206と同様のマクロファージマーカーCD163とCD31との蛍光三重染色を行った。その結果、ALS病態後期においてPVMのうちMHC Ⅱ (+) の割合が増加する傾向が見られた。 SOD1G93AマウスにおいてPVMの量的・質的変化が見られたことから、次にPVMへの実験的介入による病態進行への影響を評価した。クロドロン酸リポソームはPVMを選択的に枯渇できる薬剤として知られ、発症前のSOD1G93Aマウスに投与しPVMを枯渇した際のALS病態を解析した。まず、クロドロン酸リポソームを大槽(脳脊髄液)内投与し、ミクログリアには影響を及ぼさずPVMを選択的に枯渇できることを確認した。次にSOD1G93Aマウスへの投与を検討したが、PVMは枯渇後1週間程度で再びリカバー・定着することが知られていたため、複数回投与によりPVMを持続的に枯渇する系を新たに確立した。発症前(80日齢)のSOD1G93Aマウスにクロドロン酸リポソームまたはコントロールリポソームを週に1度、トータル6回大槽内投与し、神経学的スコアと生存期間を指標にALS病態を比較した。その結果、クロドロン酸群のスコア2(中程度の症状)に達するまでの期間及び生存期間はコントロール群より約1週間延長し、PVMの枯渇により病態が改善する傾向が見られた。 我々の先行研究では、SOD1G93AマウスにおいてPVMがタンパク質を除去する可能性を示唆しており、病態に有利(病態改善)に働くことが考えられた。しかし、病態進行に伴う活性化したPVMの増加や、PVM枯渇時の病態改善の傾向が見られたことを考慮すると、PVMはむしろ炎症を誘発しALS病態を進行させる悪化因子である可能性が浮上した。 3.筋萎縮性側索硬化症の病態形成における免疫疲弊の関与 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動神経の死滅を特徴とする神経変性疾患である。未だに有効な治療法は確立されておらず、アンメット・メディカル・ニーズの高い疾患であり、その発症・進行機構の解明は急務である。 近年、神経変性疾患の病態形成における免疫系の役割が注目されている。中枢神経系は基本的に全身の免疫システム(末梢免疫)と隔絶されているが、神経変性疾患では病態進行に伴い中枢(脳、脊髄)に浸潤している末梢免疫細胞が観察される。中枢内の免疫環境はグリア細胞などにより恒常性が保たれているが、浸潤した末梢免疫細胞が中枢内の免疫寛容機構を破綻させ、慢性的な炎症環境を形成することで疾患の進行や重症化に寄与している可能性が考えられている。 通常の免疫システムでは、慢性炎症下の免疫細胞はPD-1やLAG-3に代表される免疫チェックポイント分子(免疫疲弊分子)を発現することでその応答性を変化させ、過剰な活性化・自己免疫反応が抑制される。これは細胞傷害性を有する免疫細胞のみならず、制御性T細胞のような免疫抑制作用を持つ細胞集団においてもみられ、その抑制活性に影響を与える。したがって免疫疲弊分子の発現・機能異常は免疫寛容機構の破綻に深く関与していると考えられ、神経変性疾患の病態形成に寄与している可能性があるが、未だALSにおいて詳細は検討されていない。そこで我々は、新たな観点からの病態メカ薬理学講座 3 薬理学講座 61

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