基の数など非常に多彩な構造を持ち,その組み合わせで多様なリン脂質が生み出される。リン脂質に含まれる脂肪酸はリモデリングが繰り返されており,常にクオリティを制御されている。こうしたリン脂質の質の変化が様々な細胞機能に影響を与えると考えられている。最近,アラキドン酸やEPA,DHAなどの多価不飽和脂肪酸に由来する生理活性脂質である酸化脂肪酸も,リン脂質に取り込まれることがわかってきている。酸化脂肪酸を含むリン脂質は,はその構造中にヒドロキシ基やエポキシ環を有することで他のリン脂質とは異なった物性を示すことから,生体膜環境を大きく変化させ,細胞機能に影響を与えることが推測される。そこで当講座では,様々な酸化リン脂質を分析するLC-MS/MS系を利用し,酸化脂肪酸がリン脂質に取り込まれる分子メカニズムやその生理的意義を解明し,これまでにない新たな治療薬開発ターゲットの発見を目指している。当講座の一連の研究から,酸化脂肪酸のアシル化に関わる酵素についてsiRNAを用いた包括的な解析を進め,酸化脂肪酸に特徴的な基質選択性を示すアシル基転移酵素を見出している。また、コムギ無細胞タンパク質合成系を用いたin vitroでのアシル基転移酵素の酵素活性計測系の構築も進めている。2022年度においては、この酵素活性計測系の詳細な条件検討を行い、コムギ無細胞タンパク質合成系を利用することでアシルCoA合成活性も評価できることを明らかにした。また2022年度には、生体内で酸化脂肪酸を合成する酵素であるALOX12及び、ALOX15の結合タンパク質をヒト28,000タンパク質アレイの中から探索し、それぞれ複数の結合タンパク質の同定に成功した。当該結合タンパク質が酸化リン脂質合成に関与する可能性を今後検証する。小胞体はタンパク質合成の場であり、合成不良のタンパク質の蓄積は小胞体ストレスを引き起こす。小胞体ストレスは生活習慣病やがん、神経変性疾患の発症に密接な関連があり、小胞体ストレスに対する人為的介入は様々な疾患の新たな治療戦略として注目されている。小胞体を構成する小胞体膜は細胞内の生体膜全体の約半分を占める事から、生体膜脂質環境の変化が小胞体ストレスに影響を及ぼす事が想定される。2022年度においては、飽和脂肪酸の蓄積により誘導される小胞体ストレス応答を抑制する複数の多価不飽和脂肪酸由来代謝物を同定した。ノンターゲットリピドミクスにより当該多価不飽和脂肪酸由来代謝物が生体膜リン脂質にアシル化されていることが示され、今後、責任アシル基転移酵素を同定することで生体膜リン脂質クオリティによる細胞機能制御機構のさらなる解明を目指す。 ⅤI.高深度オルガネラリピドミクスによるオルガネラ特異的な脂質の機能解明 真核細胞は細胞膜で包まれた細胞内に生体膜で構成される多種多様な細胞内小器官 (オルガネラ)を有する。各オルガネラは特有の機能を有しており、正しいオルガネラ機能の発揮は細胞の恒常性維持に必須であり、オルガネラの機能低下、機能異常と多くの疾患や老化との関連が報告されている。各オルガネラの機能はオルガネラ特有の膜脂質環境や局在タンパク質により規定され、中でも膜脂質環境は膜局在タンパク質の機能に大きく影響を与えることから、オルガネラの機能を理解する上で重要な要素であると考えられる。しかし、これまでにオルガネラ毎に特徴的な脂質組成が存在することは示されてきたものの、その解析手法には曖昧さがあり、高い純度で精製されたオルガネラ膜を高深度かつアンバイアスに脂質解析を行った例は無く、オルガネラ脂質組成については未だ不明な部分が多い。そこで当講座では、迅速且つ、インタクトな状態で細胞膜、ミトコンドリア、リソソームをはじめとするオルガネラを単離する系を構築し、単離オルガネラのノンターゲットリピドミクスを進めている。これにより今までに同定されてこなかった新規構造のオルガネラ特異的脂質の発見や、オルガネラのシグナチュアとなる脂質組成の同定が期待される。さらに、病的な状態のオルガネラの脂質組成を明6 代謝生理化学講座 70 代謝生理化学講座
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