Ⅰ.難治性造血器腫瘍の克服をめざしたトランスレーショナルリサーチ 多発性骨髄腫は、治癒不可能な難治性造血器腫瘍とされてきた。この数年の内に、サリドマイドやその誘導体(免疫調節薬;immunomodulatory drugs, IMiDs)、プロテアソーム阻害薬、抗体医薬が、わが国でも広く使用されるようになり、予後が著しく改善した。しかし、TP53遺伝子欠失などの細胞遺伝学的異常を有するハイリスク症例に対しては予後改善効果に乏しく、免疫調節薬においては催奇形性への懸念が常に払拭できない。そこで、なぜハイリスク症例の予後が不良であるのかについて、その分子機構を明らかにし、さらにハイリスク症例に対しても有効で安全性が高い新規治療薬の開発が望まれる。本年度は、以下に記載したテーマの研究を実施した。 ハイリスク骨髄腫の治療抵抗性や髄外病変形成の分子機構の解明 元国立がん研究センターの落谷孝広博士を客員教授として迎え、共同研究として、薬剤耐性細胞ではエクソソーム分泌が亢進していることを見出し、細胞接着依存性薬剤耐性(CAM-DR)が重要な役割を果たしていることが考えられた。薬剤耐性細胞におけるエクソソソーム分泌に関わる遺伝子について、トランスクリプトーム解析を行ったところ、endosome形成に必要なLAMP2, SORT1が薬剤耐性細胞では発現が高いことを報告した。 本年度は、同一患者の髄外病変と骨髄由来ペア細胞を用いてトランスクリプトーム解析を行ったところ、髄外病変由来細胞で発現が上昇している遺伝子として、G蛋白質を制御するRGS-1およびシンデカン4を見出した。RGS-1は、レナリドミド耐性細胞を用いた同様の解析でも発現が亢進しており、データベース解析によると、RGS-1高発現患者はそうでない患者に比べて生存期間が有意に短いことがわかった。同遺伝子産物が、どのような機序で髄外病変形成に至るのかについて解析を進める。 新規ハイリスク骨髄腫治療薬のスクリーニングと骨髄腫坦癌マウスを用いた抗腫瘍効果の検討 我々は、多くの日本人由来の骨髄腫細胞株を入手し、ハイリスク染色体・遺伝子異常を有するものを分別し、骨髄腫細胞パネルを作成した。さらに、それらのSCIDマウスへの移植モデルも確立することができた。このシステムを用いて、スクリーニングをくり返しハイリスク症例にも有効な新規骨髄腫治療薬の創薬研究を遂行する。 まず、天然医薬資源学講座および他大学との共同研究として、テルペン化合物であるコマロビキノンおよびその誘導体ライブラリーをスクリーニングし、ハイリスク染色体異常を有する骨髄腫細胞にアポトーシスを誘導する新規化合物GTN024、GTN057を見出した。これらは、ハイリスク染色体異常陽性のヒト骨髄腫xenograftのアポトーシスを誘導した。とくにGTN057は、活性酸素種(ROS)産生やc-METチロシンキナーゼ阻害作用が判明し、正常細胞には安全性が高いことが明らかになった。天然物由来化合物が、チロシンキナーゼ阻害活性を有する報告はこれまでになく、GTN057は、c-METやtrkファミリーなどYxxxYYモチーフを有するキナーゼを特異的に阻害することがわかった。 さらに、既存薬ライブラリーをスクリーニングし、ハイリスク染色体異常陽性の骨髄腫細胞に対しオートファジー阻害作用を有する新たな候補治療薬を見出した。透過型電子顕微鏡観察やTurnover assay、reporter assayなどにより、autophagosomeからautolysosomeが形成されるオートファジー後期阻害作用を有していることも判明している。同薬はHDAC阻害剤と相乗的に抗腫瘍効果を示すこと、研究概要 病態生理学講座 5 病態生理学講座 83
元のページ ../index.html#87