対して、親株と比較して高感受性を示した。このことから、CHK1阻害薬耐性細胞では、細胞の生存・増殖に関連するby-path経路が活性化していることが示唆された。 Ⅱ.SYDE1によるP-gpの発現制御 P-gpは、細胞膜6回貫通領域と細胞内のATP結合領域を二つずつ持つABCトランスポーターであり、種々の基質化合物の細胞外への排出に働く。P-gpは、vincristine、doxorubicinなどの天然物由来抗がん剤を排出するため、P-gpはがんの抗がん剤多剤耐性の原因となる。またP-gpは、腎臓、肝臓、小腸、大腸、血液脳関門などに発現し、種々の基質化合物の生体内輸送および体外への排出を担っている。これまでの当研究室での研究により、P-gpの細胞内C末端領域(C-ter-P-gp)と共免疫沈降したタンパク質が22種類同定された。本研究では、このうちSynapse defective 1(SYDE1)について、P-gpの発現と機能に対する効果を検討した。SYDE1は、細胞質に発現するRho GTPase活性化タンパク質であり、Gタンパク質の活性制御を行うことが知られている。 HEK293FT細胞にSYDE1発現plasmidのpcDNA3.1(-)-FLAG-SYDE1、およびC-ter-P-gp発現plasmidのpcDNA3.1(-)-FH-C-ter-P-gpを共導入した。HA affinity gelを用いた共免疫沈降により、C-ter-P-gpがFLAG-SYDE1と結合することが確認された。 SYDE1を発現するレトロウイルスを、P-gpを内在性に発現するSW620-14-4細胞に導入して、3株のSYDE1遺伝子導入細胞を樹立した。同様に、HEK293-11細胞に導入して2株のSYDE1遺伝子導入細胞を樹立した。western blottingにより、これらのSYDE1遺伝子導入細胞にSYDE1が高発現していることを確認した。これらのSYDE1遺伝子導入細胞では、western blottingによる細胞全体のP-gpの発現量、およびフローサイトメトリーによる細胞表面のP-gpの発現量が増大していた。SYDE1遺伝子導入細胞は、vincristine、doxorubicinに耐性を示した。SYDE1遺伝子導入細胞の両薬剤に対する交差耐性パターンは、通常のP-gp発現細胞と同様であった。siRNAによる内在性のSYDE1のノックダウンは、P-gpの発現量は変化させなかった。以上より、SYDE1がP-gpの発現を制御していることが示唆された。 Ⅲ.細胞転換による薬剤感受性変動機構の解析 がん細胞は、その生存環境に応じて細胞転換を起こす。上皮間様転換(EMT)では、上皮系の細胞が細胞間接着を低下させ間様系の細胞に転換する。当研究室の先行研究において、ヒト大腸がん細胞株HCT116細胞にEMTを誘導する転写因子SLUG、SNAILを導入したEMT細胞株 (116/slug細胞、116/snail細胞) が樹立された。116/slug細胞と116/snail細胞は、親株のHCT116細胞と比較して、cisplatin、methotrexate、SN-38などに耐性を示した。当研究室では、抗がん剤耐性を示すEMT細胞を選択的に抑制する薬剤、EMT細胞が高感受性を示す薬剤を探索し、EMT細胞がBET阻害剤に高感受性を示すことを報告した。またEMT細胞は、glutathione peroxidase 4(GPX4)阻害剤のRSL3に対して高感受性を示した。GPX4は、glutathioneを基質として過酸化脂質をアルコールに還元する酵素である。EMT細胞では、HCT116細胞に比べて細胞内glutathione量が低下していた。また、glutathione生合成に用いられるcystineの取り込み阻害剤は、EMT細胞特異的にGPX4阻害剤の感受性を増大させた。以上から、細胞内glutathioneがEMT細胞のGPX4阻害剤への感受性に関与することが考えられた。GPX4阻害剤の治療への応用の可能性を検討するため、腫瘍環境を想定したspheroid培養時の感受性について検討した。その結果、spheroid培養によりEMT細胞はRSL3に耐性化した。また、spheroid培養時には、glutathione合成阻害剤BSOは、EMT細胞のRSL3感受性を変動させなかった。これらの結果は、spheroid4 化学療法学講座 92 化学療法学講座
元のページ ../index.html#96