プロジェクト名

慶應薬学部Physis(フィーシス)プロジェクト

(physisフィ-シス:natural healing power(自然治癒力)を意味する言葉)

趣旨

COVID-19を阻止するための創薬研究を展開するとともに、COVID-19の重症化を抑制するための基礎的知見を得る。

本プロジェクトは、SARS-CoV-2の感染メカニズムに基づく創薬研究成果を得るとともに、宿主適応力(physis)に着目した、COVID-19重症化抑制のための新たな知見を得ることを目的とする。
また、本プロジェクトはCOVID-19に対してだけではなく、未来のパンデミックにも対応可能なものを想定している。強毒ウイルスの感染を阻止するとともに、人類がウイルスと共生関係を構築していくための新たな知見を得ることも本プロジェクトの目標とする(下図)。

慶應薬学部Physisプロジェクト

パンデミックに負けない宿主適応力の強化

Physis:natural healing power(自然治癒力)を意味する言葉

目的

ウイルスの感染メカニズムに基づく創薬研究成果を得る。
生体が元来備えている自然適応力を最大限に引き出すことで、COVID-19の重症化を阻止する。
未来のパンデミックにも対応可能な方策を提示する。

慶應薬学部Physisプロジェクト発足の経緯

現在、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)が全世界で猛威を振るっている。2020年3月11日に、世界保健機構(WHO)からCOVID-19がパンデミック(世界的な大流行)に至っているという宣言がなされた。現在でも感染者は増えており、2020年6月29日の時点で、188を超える国と地域で984万人(日本では約18,476人)を超えるCOVID-19の症例が報告されており、495,000人(日本では約1,000人)を超える死者が出ている。その結果、医療体制だけでなく、人々の生活様式を一変させ得る事態が引き起こされている。

近年、COVID-19のような呼吸器感染症のパンデミックが数年~十数年単位で引き起こされており、特に、インフルエンザウイルスやコロナウイルス感染による重症化は人類の脅威となっている。パンデミックを引き起こす病原体は、毎回異なるため、各パンデミックに対する対抗戦略が必要となってくる。その対抗戦略の一つとして、各病原体に特異的な薬剤やワクチンの開発がある。もう一つの戦略として、病原体に対するヒトの抵抗力を何らかの方法で強化することである。これまでの報告から、生活習慣や健康状態がパンデミックにおける感染病態や感受性(抵抗性)に大きく影響することが示唆されている。SARS‑CoV‑2の感染およびCOVID-19の重症化メカニズムについては不明な点がまだ多いが、重症化と関連する因子がいくつかの論文で報告されており、その中には、環境因子や生活習慣に関連するものが少なくない。(下図)。

COVID-19の重症化に影響する因子

重症化

2次感染(肺炎球菌・真菌感染)
肥満(高BMI)、糖尿病
血中炎症マーカー(IL-6, TNF-α, IL-8, CRP)
ビタミンD不足
喫煙(COPD)
腸内細菌叢

軽症化

ワクチン接種(インフルエンザ・BCG)

パンデミックに対するこの2つの戦略を考えた時に、①研究分野が多岐にわたる、②人々の健康や疾患予防・治療に対する物質的なアプローチができる、③人々への健康・薬学的指導ができる、慶應薬学部の果たすべき役割は非常に大きく、今こそ学部全体の叡智を結集する時であるという機運が高まった。そこで、福澤諭吉先生の「休 道 自 然 臣(道(い)うを休(や)めよ自然(しぜん)の臣(しん)なりと)」(*注1)というお言葉、すなわち、自然(健康に復そうとする自然適応力:Physis)を人智により引き出さなければならない、というご意向を汲み、COVID-19および未来のパンデミック制圧のための慶應薬学部のプロジェクトとしてPhysisプロジェクトを発足した。

(*注1)
福澤諭吉先生の七言絶句(一部抜粋)に以下のものがある。
医 師 休 道 自 然 臣
医師 道(い)うを休(や)めよ自然(しぜん)の臣(しん)なりと
医師よ、自分たちは自然の家来に過ぎないなどと言うてくれるな。

「自然臣」とは福澤先生の恩師、緒方洪庵先生の「自然之臣也」と題する和歌を踏まえた言葉であるが、この観念は、杉田玄白先生の造語「医事不如自然」(医事は自然に如かず)以来広く深く信奉されてきた。この観念は古代ギリシャの名医ヒポクラテスの「人間の身体には健康に復そうとする自然の力(physis)があり、医者はその力を助けるのが任務である」という考え方に由来する。しかし、福澤先生は、「自然之臣也」などに納まっていないで、自然を人智でもって征服する過程が進歩なのだと考えていたことが推察される。

研究テーマ

2つの大きな目標を掲げ研究を遂行する(下図)。

  1. SARS-CoV-2の治療・感染予防のための創薬
    慶應義塾大学薬学部には、AIを駆使したインシリコ化合物探索技術や気道上皮細胞や肺オルガノイドの培養技術、さらには、化合物合成技術など、SARS-CoV-2感染治療薬開発のための多角的な専門性を持つ教員・研究室が存在する。この利点を最大限に生かし、研究室横断的な創薬研究を展開する。
  2. パンデミックによる感染重症化を防ぐ体質改善
    2020年のCOVID-19、2009年のインフルエンザ、2003年SARSのパンデミックにおける感染重症化の共通するリスク因子として肥満・糖尿病が挙げられる。その他、前述のように、日々の生活習慣が重症化と密接な関係があることが示唆されている。そこで、個体の健康状態が、COVID-19を含むパンデミックにおける感染重症化に与える影響について、多様なアプローチから検証する。

慶應薬学部physisプロジェクト研究テーマ

- SARS-CoV-2の治療・感染予防のための創薬
  • In silico解析によるタンパク質間相互作用を標的とするSARS-CoV-2阻害剤の探索
  • In vitroスクリーニングによるSARS-CoV-2感染阻害剤の探索
  • SARS-CoV-2感染阻害活性のあるリード化合物の最適化のための化合物創製
  • 抗ウイルス薬のドラックデリバリー技術の開発
  • ACE2発現に影響を与える因子の同定
- パンデミックによる感染重症化を防ぐ体質改善
  • ウイルス感染の病態変化に関わる因子の同定
  • 宿主代謝異常がウイルス感染に与える影響の解析
  • 腸内細菌叢の人為的操作によるウイルス感染制御
  • 漢方薬や生薬成分によるウイルス感染重症化抑制作用メカニズムの解明
  • 既存治療薬の有効性及び安全性評価

慶應薬学部physisプロジェクト組織

慶應薬学部physisプロジェクト遂行のために、慶應義塾大学薬学部の叡智を結集する(下図)。

慶應薬学部Physisプロジェクト組織図

慶應薬学部を基礎研究チーム・臨床研究チームに分け、それぞれが有機的に連携する。
基礎研究チームは、薬剤設計・合成を行う技術拠点、細胞・動物実験を行う解析モデル拠点、代謝物を分析する網羅的解析拠点から構成される。一方、臨床研究チームは、薬剤の有効性や安全性に関するデータなどを扱う臨床データ解析拠点、患者さんとの直接的な関わりを持つ薬局・病院連携拠点、科学的知見と行政措置の橋渡しや学術的な情報を系統的に統合する役割を担うレギュラトリーサイエンス拠点から構成される。このような研究組織を構築することにより、パンデミックに対抗するための方策を慶應薬学部から発信していく。