衛生薬学は、「生(生命)を衛る学問」です。疾病の予防や健康の維持を図ることを目的に、生命現象を理解し、食品や環境中の物質とヒトとの関わりを探求する学問になります。衛生化学講座では、特に、慢性骨髄増殖性腫瘍やリンパ腫、白血病の原因となる変異型チロシンキナーゼを介した発がんシグナルの解析を通して、治療標的となる候補分子を発見し、新規抗がん剤の創製をめざしています。また、生活習慣病やがんの発症の分子機構を解明し、これらの疾病に対して予防効果を有する天然物や食品成分を同定することにより、予防医療への貢献をめざしています。

1.「変異型チロシンキナーゼによる発がん誘導の分子機構の解明および新規抗がん剤の創製」

様々な疾患の発症機構を分子レベルで解析することは、疾患発症メカニズムの理解へと繋がり、新しい有効な治療薬の開発の一助となると期待されます。チロシンキナーゼは、細胞内の重要なシグナル伝達分子として機能しており、その活性が厳密に制御されることにより、生体の恒常性が維持されています。そのため、チロシンキナーゼの活性制御機構の破綻が多くのがんの原因となることが知られています。これまでに、慢性骨髄増殖性腫瘍 (MPN) の原因遺伝子として、JAK2の点変異体 (V617F) が同定されています。また、NPM-ALKやBCR-ABLなどのチロシンキナーゼの融合タンパク質が、未分化大細胞リンパ腫 (ALCL) や慢性骨髄性白血病 (CML) の原因となることが知られています (図1)。しかし、現在まで、これらのチロシンキナーゼの変異が腫瘍性疾患の発症へと至る分子機構は解明されていません。本研究室では、JAK2V617F変異体や融合型チロシンキナーゼNPM-ALK、BCR-ABLのシグナル伝達経路を解析することにより、発がんのメカニズムの解明をめざしています。また、JAK2変異体発現細胞やNPM-ALK発現細胞は、多くの抗がん剤に耐性を示すことを明らかにしており、現在、変異型チロシンキナーゼ陽性細胞に対する有効な新規治療薬の探索を進めています。

図1 変異型チロシンキナーゼによる発がん誘導
図1 変異型チロシンキナーゼによる発がん誘導

2.「天然物・食品成分による生活習慣病、がんの予防効果の分子基盤の解明」

超高齢化社会に突入する我が国において、自立した生活を維持する健康寿命の延伸が重要な課題になります。本研究室では、生活習慣病や発がんを予防する活性を持つ天然物由来化合物や食品成分に着目し、これらを用いた予防医療への応用をめざしています。疫学研究により、コーヒーの習慣的な飲用は、肥満や糖尿病、認知症、がんなどの生活習慣病を予防する効果があることが報告されていますが、コーヒーの薬効には不明な点が多いです (図2)。そこで、私達は、糖尿病や肥満、がんの予防効果を示すコーヒー含有成分の同定を試みることにより、コーヒーの持つ様々な効果を科学的に理解することを目的としています。また、オリーブやミカンの含有成分が高い抗炎症作用をヘスペリジンの抗白内障効果に着目し、その分子機構の解析を行っています。

図2 コーヒーによる生活習慣病の予防効果