「どうして、そうなるのだろう」というメカニズムへの興味が、
私の研究者としての人生にとって、最も重要なものです。
学生のみなさんも、薬学部で学んでいくにあたって、
ぜひ「興味が持てること」「夢中になれること」を見つけてください。
そのことがきっと、みなさんの人生を豊かにしてくれます。
薬学部 衛生化学講座 教授
多胡 めぐみ(タゴ メグミ)
2022年6月時点
私が担当している衛生薬学は、読んで字の如く「生を衛(まも)る」ための学問です。もう少し具体的に言うと、さまざまな生命現象を理解し、疾病の発症メカニズムを解き明かして、治療薬や予防法を開発するための基盤をつくることが大きな目的です。
私たちが今、取り組んでいるのは、変異型チロシンキナーゼに焦点を当てて、発がんのメカニズムを明らかにする研究です。チロシンキナーゼは、免疫系におけるシグナル伝達経路にとって重要な分子で、ふだんは必要な時だけ活性化されて働きますが、がんでは、遺伝子変異を持ったチロシンキナーゼが存在し、常に活性化しています。いわば遺伝子の変異から始まる「発がんのパズル」を解くために、細胞の中のチロシンキナーゼというひとつのピースに着目しているわけです。
変異型チロシンキナーゼの研究から、新たな抗がん剤の可能性が見えてきます。かつての抗がん剤の場合、がん細胞の増殖を抑えることが目標になっているので、がん細胞とともに正常細胞にも作用が及んでしまいます。ところが最近では、分子標的薬と言って、がんの原因となる分子を見つけ、その分子にだけ作用するような治療薬が開発されていて、副作用が少なく治療効果が高いと期待されています。こうした新世代の抗がん剤を作り出すためには、治療のターゲットとなるような分子を新たに見つけることが必要で、やはり発がんのメカニズムをはっきり解き明かさなければなりません。
がん対策としては、新世代の抗がん剤の創製につながる研究とともに、もうひとつ取り組んでいるテーマがあります。それは、天然物由来の化合物や食品成分のうちで、がんの予防効果を有する分子を発見するというものです。
ある疫学研究で、乳がんの患者さんを調べてみると、コーヒーを愛飲している人の方が抗がん剤の効果が高いという結果が出ました。その理由を明らかにするために、乳がん細胞を実際に使い、検証実験を行ったところ、コーヒー成分と乳がん治療薬を併用すると、がん細胞を抑制する効果が上がることがわかりました。
疫学研究の成果から、がんをはじめとする生活習慣病に対するさまざまな予防法が検討されています。効果がありそうな薬と食べ物の組み合わせがあるけれども、その理由がよくわからない。そういう仮説に対して、きちんとした実験を通じて、科学的なエビデンスを与えることで、社会に有効性・信頼性の高い情報を還元できると思います。
私の研究室も含めて、慶應薬学部で学ぶ男子学生が増えたように思います。私はもともと共立薬科大出身で、当時は女子大でしたから、隔世の感があります...と言うと大げさでしょうか。
薬学部の学生のみなさんに感じるのは、未来の明るさです。大学卒業後の活躍の場がどんどん広がっていて、幅広い選択肢の中から、必ずしも薬学にとらわれない職種に就く方も少なくないです。例えば、メーカーに入って医療カルテの開発をしたり、医療系の知識を活かせる弁護士になったりと、薬学と無関係の分野へ行くというよりは、薬学の学びをより広く活かせる場を選んでいる印象があります。もちろん、薬剤師や製薬関係の仕事に就く方も多いですから、本学薬学生の場合、多様性に富んでいると言えるのだと思います。
学生のみなさんには、夢中になれるものを早く見つけてほしいと思います。興味がないと学びがなかなか身につかないことは、研究に限らず、何事にも言えることですから。ほんとうに好きなことであれば、多少嫌なことがあっても、長く続けられます。長く続けることはとても重要で、大きな成果を得る機会も巡ってきます。自分が得意ではなくてもよくて、そのことが好きであれば全然かまいません。熱意はきっと道を拓いていくはずです。
私自身、特に実験が上手というわけではありませんでした。化学や生物の授業が好きで薬学部に入り、一生続けられる仕事がしたいと思い、研究の道へ。現在も取り組んでいるテーマは大学院生の時に出会い、今もずっとおもしろいと思っているから、続いています。夢中になれるものは、人生を豊かにします。私たち教員は、みなさんの「好きなもの探し」をバックアップできればと思っています。