新規創薬資源の開拓と天然物創薬研究

人類は古代から、植物・キノコなどの身の回りにある生物をくすりとして利用してきたといわれています。また実際に、生薬などとして利用されてきた植物や、菌類・細菌類といった微生物などが産生する天然化合物から、これまで数多くの医薬品が開発されてきました。このように天然化合物は医薬品の元、すなわち創薬資源であるといえます。
天然医薬資源学講座では、創薬資源となりうる物質を天然化合物から探し出す、あるいは天然化合物をモチーフとして生み出す研究を行います。また、そのようにして得られた物質をシード化合物として、実際に医薬品や農薬などの開発、あるいは生命科学研究に役立つ物質の開発を目指していきます。
一方で、これまで様々な形で旺盛に天然化合物探索が行われてきた結果として、新たな天然化合物が枯渇しつつあると言われています。したがって、従来通りの天然化合物探索を行っているだけでは、画期的な天然物創薬研究を行うことができません。そこで新たな創薬資源を開拓していくことを積極的に行っていきます。

  1. 多様性指向型合成を活用した新たな創薬資源の開拓:
    多様性指向型合成は、一つの出発物質から多数の分子骨格の異なる化合物を生み出すための合成手法です。特にこの多様性指向型合成と、従来から行われてきた天然化合物探索とを組み合わせた「多様性拡大抽出物」からは、これまで植物や微生物などから得られてきた天然化合物以上の構造多様性をもった新規化合物群を取得することができます。これらを新たな創薬資源として活用する研究を行っていきます。
    例えば、生薬として利用されている薬用植物のエキスに対して、直接、多様性指向型合成で用いられるような化学反応を行い、多様性拡大抽出物とします。これを分離・精製・構造決定することで、構造多様化合物ライブラリーを構築し、創薬研究におけるシード化合物を取得することができます。

  2. 未利用生物種による新たな創薬資源の開拓:
    新たな創薬資源として、植物や菌類・細菌など従来の天然化合物探索に利用されてきた生物とは異なる「未利用生物」に着目し、これらの生物が産生している化合物を探索し、新規創薬資源として開拓していきます。
    具体的には、複数の生物界をまたぐ非常に多様な生物種である原生生物に重点を置き、細胞性粘菌・卵菌・ペラゴ藻などの未利用生物を活用していきます。実際に、これまで細胞性粘菌から得られた化合物が免疫抑制作用などを有した生命科学研究のための重要な試薬として販売されるに至っており、細胞性粘菌を含めたこれらの未利用生物は新規創薬資源として大いに期待できると考えられます。

  3. 多成分系における分子ネットワークの構築とディレプリケーション:
    植物や微生物などのエキスは様々な化合物を含んでいる多成分系であることから、含有化合物全ての構造情報や量を把握することは容易ではありません。私たちはLC-MS/MSを用いた多成分一斉分析によって取得された化合物データを基に分子ネットワークを構築することで、多成分系における化合物プロファイルの視覚的理解を可能にするとともに、既知化合物の効率的な排除(ディレプリケーション)によって、迅速な新規化合物の発見とその構造推定を実現しています。
    本分析基盤を応用することにより、例えばシアノバクテリアが生産する新規化合物の探索や,生薬の品質の判別、さらには多成分系における化合物間相互作用の解析を行っています。