薬学、 それは君も
〝参戦〞できる世界

高校の授業で化学に開眼し、慶應義塾大学薬学部に入学した土谷聡耀助教。
当初は薬剤師を目指していましたが、
薬物動態学との出会いにより、研究者として生きていくことを選択します。
土谷助教が決断するまでのストーリーを追ってみましょう。

薬学部 薬剤学講座 助教

土谷 聡耀(ツチタニ トシアキ)

(2025年5月現在)

土谷 聡耀(ツチタニ トシアキ)

勉強が苦手な子どもでした

幼少期は成績もスポーツもふつうの、平凡な子でした。没頭するような趣味があるわけでもなかったですし。算数だけは多少できましたが、それでも群を抜くような成績だったわけでは全くなく、勉強は苦手でした。いわゆる転勤族で、慶應義塾湘南藤沢中等部に入るまでは欧米を転々として過ごしていましたが、英語などの語学が特別にできるわけでもないですね。勉強をあまりしてこなかった私は、高校生になり、化学の鳥居弘先生の授業が転機となりました。先生の授業はとてもわかりやすく、有機化学はまるでパズルを解くような感触があって好きでしたね。その頃から、化学を学べる薬学部に興味を持ち始め、医療現場で人の命を預かる薬剤師という仕事を知りました。慶應義塾大学薬学部に入学してから研究室に配属されるまでは薬剤師になりたいと思っていました。

土谷 聡耀(ツチタニ トシアキ)画像1

目には見えない、
体の中での薬の旅を追いたい

研究室配属では、大谷壽一先生(現・慶應義塾大学病院 薬剤部長 兼 薬学部臨床薬学講座 教授)が主宰する臨床薬物動態学講座に入ったのですが、これが私を研究職へ向かわせるターニングポイントになりました。薬物動態学とは「薬が人の体内でどう動いているのか」に焦点を当てた学問であり、医薬品開発や医療現場における薬剤師の仕事に非常に重要な役割を果たしています。それぞれの薬は体内で独自の「旅路」をたどりますが、その過程を直接目で見ることはできません。私はこの講座で薬物動態を学ぶうちに、薬の体内で の動きを読み解き、見えない旅を想像することにロマンを感じるようになりました。研究室の温かい雰囲気も後押しとなり、就職するよりもさらにこの学問を深めたいという思いが強くなり博士課程への進学を決意しました。大学院進学後もしばらく進路に迷っていましたが、やはり体内における薬の旅の物語を解き明かすロマンを追い求め続けたいと思い、研究者として勝負することに決めました。

バイオテック
伸び盛りの上海に驚き

大学院生の頃、私の研究領域では世界の権威でいらっしゃる杉山雄一先生と一緒に研究をしたいと考え、連絡をとりました。すると、上海科技大学に研究室を設ける予定だから、そこでなら雇えますとの返事が...
もちろん「行きます」と即答しました。中国上海へ渡り、研究室開設の準備に取り掛かりましたが、当時はコロナ禍で上海はロックダウン解除直後。それでも、むしろ初めて経験する中国生活と杉山先生と研究ができるというワクワク感が強く、特につらいことはなかったですね。当時の私は、バイオテックと言えばアメリカだと考えていて、日本のすぐ近くにこれほどバイオテックが成長している都市があると気づいていませんでした。中国政府のバックアップも手厚く、上海の伸びは驚くほどでした。
私が杉山先生の門を叩き、上海へ渡ったのは、コンピュータによる数理モデルを使った速度論解析を学ぶためでした。その後、慶應義塾大学薬学部に戻り、薬剤学講座に着任しました。この研究室では胎盤の研究が中心に行われています。これまで薬剤学講座で行われてきた細胞や人の胎盤を使った実験と、数理モデルを使った速度論解析の融合によって、薬物が母体から胎児へどの程度移行するか予測する研究を展開しています。数理モデルによる解析は、医薬品開発の効率化や意思決定支援に必須の時代です。薬物動態は、そういった創薬の面で貢献できますし、臨床で医薬品を扱う薬剤師に対しても、エビデンスの提供などで貢献できると思います。

土谷 聡耀(ツチタニ トシアキ)画像2
上海科技大学のキャンパスは広々としていて、緑も多い。
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杉山教授は中国で薬物動態の演習セミナーである PK BootCamp を開催し、私は講師兼グループワークのチューターとして参画した。現地製薬企業の研究者たちの学ぶ意欲に大いに刺激を受けた。
2023年に上海で開催してから毎年場所を変えながら継続しており、私は毎回参加している。

薬学はサイエンスの
総合格闘技

薬物動態学、あるいは薬学という学問は、例えるならサイエンスの総合格闘技。化学、生物、物理、数学など、多様な視点から薬学と向き合うことができます。と言うとすべての科目が得意でないといけないと思われそうですが、私自身は生物や数学、プログラミングも得意ではありません。研究にペーパーテストは無いので、 "目には見えない薬の旅を追う" ために必要と思ったこと、あるいは創薬と医療にさらに貢献するために必要と思ったことを、時間をかけて勉強しながら研究を続けています。薬学の世界は裾野が広く、どんな人でも飛び込めば興味のあるテーマにきっと出会えます。みなさんの "参戦" をお待ちしてます!