腸内細菌という小さな存在が
見せてくれるのは、大きな可能性。

みなさんは本学の薬学部で、どんなことを学びたいですか?
その答えをはっきりと見つけ出してから、受験を決めてほしいと思います。
このコラムでは、本学で行われている研究の一例として、
私がずっと研究を続けている「腸内細菌」について紹介していきます。
ぜひ自分の進路を決めるための参考にしてください。

創薬研究センター 教授
マイクロバイオーム研究プロジェクト リーダー

金 倫基(キム ユンギ)

2021年11月時点

金 倫基(キム ユンギ)

なぜ、腸内環境を整えることが
私たちの健康につながるのだろう?

私たちの腸内には、数百種類、100兆個もの細菌が生息しており、この腸内細菌の集団を腸内細菌叢(そう)と呼びます。腸内細菌叢とヒトとの共生関係は人類の歴史とともに始まっていて、ヒトが腸の中の菌を施す代わりに、菌が私たちの健康維持を助ける働きを持つに至ったと考えられています。
この10年ほどの間に、腸内環境の解析技術が急速に進歩しました。腸内にはどんな菌がいるのか、また、それらの菌がどんな代謝物を作るのか、その代謝物は有害か無害か、そういうことを突き止めることが可能になり、腸内細菌がヒトの免疫機能をはじめ、さまざまな生理機能に深く関与することがわかりました。腸内環境が良好なら、いろいろな疾患を予防できます。逆に、生活習慣などによって腸内環境が乱れてしまうと、疾患の発症・悪化が起こってしまう可能性が示唆されています。
例えば、食生活は腸内環境に大きく影響します。消化されやすいものばかり食べると、栄養はほとんど小腸で吸収され、大腸にいる細菌には栄養が行き渡らず、細菌の種類が減り、細菌叢の組成が変わってしまいます。腸内環境を良好に保つには、食物繊維のような消化されにくいものを多く摂取することが大切です。
このような腸内細菌がヒトの生理機能に与える影響、腸内細菌と疾患との因果関係を明らかにした研究成果を踏まえて、腸内細菌を利用した新たなアプローチによる疾患の予防策・治療薬の開発を目指していきます。実際にこれまでの研究から、特定の腸内細菌または代謝物が疾患を制御できる可能性を示唆するデータが出てきています。

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私たちがCOVID-19を克服するために、
腸内細菌叢が貢献してくれる可能性も。

慶應薬学部では「Physis(フィーシス)プロジェクト」という新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を阻止するための創薬研究、あるいは重症化を抑制するための知見獲得を目的としたプロジェクトを発足しています。私もこのプロジェクトのメンバーであり、ここでも腸内細菌叢をテーマに研究活動を行っています。
COVID-19の重症化リスク因子として、いろいろな生活習慣が挙げられています。例えば、肥満です。肥満になると、リーキーガットと呼ばれる腸管のバリア機能の破綻が起き、菌の成分や代謝物が全身に回って、炎症が引き起こされやすい状態に至ります。ここにウイルスが侵入すると、致死性の高い免疫反応であるサイトカインストームに陥りやすくなると考えられています。こうした重症化の抑制に腸内細菌叢が貢献できるのではと考え、現在研究を進めています。

自分が学びたいことは、
慶應薬学部で学べますか。

「目に見えない小さな微生物が、不毛な土壌環境を良くするんだ」これは、英語教師だった担任の先生の言葉であり、私が現在の研究を目指したきっかけです。専門外の先生から言われたためか、とても印象に残っていて、漠然と微生物の持つ力に興味を持つようになりました。大学入学後も微生物への関心は尽きることなく、研究テーマは病原微生物を選びました。実は、腸内細菌についてもずっと興味を持っていましたが、当時は高次複雑系である腸内環境を解析する方法が確立されておらず、手を出せずにいました。そんな中、この10年で腸内環境の解析技術が長足の進歩を見せ、ようやくこれまでの私の研究の延長線上に腸内細菌を捉えることができるようになったわけです。
私は、大学に入る際、微生物の研究を目的に選びました。みなさんは今、大学で何を学ぼうと考えていますか。大学名や偏差値だけで慶應薬学部を選ぶことはしないでください。慶應薬学部で何を学べるのかを知り、何を学びたいのかを自分自身ではっきりさせた上で、受験を決めてほしいと思います。そして、入学後も新たな知識を得る意欲を失わず、自ら考え、探究する姿勢を持ち続けられる、そんな人にぜひ慶應薬学部へ来てほしいです。

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