もっと自分に刺激を。
それが、タイ行きを決めた理由。

慶應薬学部では、5年生になる現在まで充実した日々を過ごしています。
授業と部活だけでは自分への刺激が足りないと感じ、
タイの国際プログラムに参加しました。
また、文化祭では広報課に所属し、副代表を務めさせていただきました。
いろいろな体験をするたびに、将来の選択肢が増えていく気がします。

薬学部 薬学科5年

矢口 遥郁(ヤグチ ハルカ)

2021年11月時点

矢口 遥郁(ヤグチ ハルカ)

タイでの臨床研修は、驚きの連続。
日本の中にいてはわからなかったことばかり。

慶應義塾大学薬学部で迎えた2年生の春、まだ何も挑戦していないことにふと気づきました。授業を受けて部活をしての繰り返しの日々の中で、自分に何か刺激を与えたいと考え始めていました。ちょうどその頃、ガイダンスでタイの国際プログラム( 2018年度 Thai Pharmacy Experience )の説明を受けたのですが、行きたい気持ちが先走り、詳しい話を聞く前にタイ行きを決めていました。じつはそう焦る必要はなく、3年生でも行けるのですが、私は3年生の自分が忙しくなるのはわかっていたので、即決しました。
タイでの体験は、思っていた以上に刺激になりました。現地の病院や薬局での臨床研修では、まず、薬の扱いがとても厳重なことに驚きました。取り扱いに注意が必要な薬品は指紋認証をしないと持ち出すことができません。パスワードとのダブルチェックを行うケースもありました。私は、日本の方が薬の管理に関しては厳しいと思い込んでいました。がんの疼痛で薬を使わなかったことにも驚きました。タイの伝統医療、あるいは東洋医学なのだと思いますが、私の目にはおまじないのようにも見えました。でも実際、その治療を受けて改善していることを見て、医療のあり方もひとつじゃない、国によってこれほどの違いがあるのかという衝撃を受けました。

自分の意見を伝えるのに遠慮などいらない。
タイ行きという挑戦が自分に大きな刺激をくれた。

各国から来た研修参加者や現地の指導者の方を交えてパーティーが行われたのですが、ここでも刺激をもらいました。参加者が自国の伝統衣装を着ていて、私も浴衣を着て参加しました。その装いのまま、みんなで踊ったり、いろいろなお話をしたり。みなさんのダンスは伝統的なものでしたが、私たちはAKB48の曲を踊りました。すると、タイの学生の方たちも一緒に踊ってくれました。バンコクにも48グループがあり、踊りも知っていたそうです。日本のことをみんな知ってくれていると感じることができて、うれしかったです。タイでの体験によって自分にもたらされた影響のひとつが、自分の意見をはっきり言えるようになったこと。私はもともと人に意見すること自体、得意ではなかったのですが、他国の学生たちが遠慮なく討論しているのを見て「こんなに自由に発言してもいいんだ」と気づきました。
帰国後、私は薬学部ダンス部の部長を務めさせていただきましたが、以前よりも自分の意見を伝えられるようになりました。タイへ行き、さまざまな経験をしたことは大きな刺激になり、今の自分にとってかけがえのない財産になっていると思います。

矢口 遥郁 (ヤグチ ハルカ)画像1

ダンス部部長と文化祭広報課。
二つの立場で、それぞれ学んだこと。

今では人前でも楽しんで踊れますが、大学入学前は、ダンスについては何の素養もない初心者でした。薬学部ダンス部amitié(アミティエ)に入ったのは、体験入部の際、初めてづくしの私に一から丁寧に教えてくれたからです。ここなら楽しく続けられそうだと感じました。始めた頃は全然体力がなくて、ひたすら基礎練を繰り返すことで必要な筋肉をつけていきました。何度も筋肉痛になりましたし、辛かったですけど、音楽が流れている中で友達といろいろしゃべって楽しみながらのトレーニングだったから乗り切ることができました。一方で、部長になってからは部員の意見を調整するのに苦労しました。自分の意見を言ってくれる人が多かったので、意見がぶつかった時は「自分の意見を伝えつつも、どこにも偏らない真ん中の視点で意見をまとめる」ことに徹しました。私が部長を務めた1年間、ぶつかることはありつつも、部員が一体となって公演を成功させることができ、とても嬉しく思っています。
タイの国際プログラム参加を決める時、2年生が最後のチャンスと考えていました。それは、ダンス部以上に薬学部の文化祭「芝共薬祭」に多くの時間を割くことがわかっていたからです。私は、芝共薬祭広報課長としてパンフレットやWebサイトを制作する傍ら、副代表として執行部に入り、さまざまな事項の決定に関わりました。そうやって準備を進めていく中、当初の開催予定日(10月)に、東京に大型台風が来てしまって...。中止も検討されていましたが、先生方や職員の方々が日程調整に奔走してくださったおかげで、12月に延期開催となりました。とても嬉しかったのですが、日程が変わったことによって、文化祭のポスターを配布していた近隣の塾や高校、数十ヵ所すべてに電話して「日程が変わったので訂正していただけますか」など様々な交渉をしなければならず、半泣きで対応していました。でも、いかにして多くの高校生に知っていただけるかが広報課の腕の見せどころ。最終的に当初の予想を大きく上回る動員数になりました。

多くの患者さんの治療に関われる仕事か、
それとも、より患者さんに寄り添える仕事か。

高校生の時、薬剤師の職業体験に参加したのが、薬学科に入りたいと思ったきっかけです。薬剤師の方が患者さんに寄り添い、親身になって相談に乗っているところを見て「こういう人になりたい」と思い、薬剤師を目指すことにしました。ところが、入学していろいろ体験するうちに、薬剤師にとどまらず将来の選択肢がどんどん広がっていきました。4年生の秋、薬物治療学講座に入ってからはさらに視野が広がりました。今は既存薬のがん治療への転用を研究テーマとし、具体的には難治性の肝内胆管がんに効く薬を探しています。自分の研究が一歩でも進むことで、少しでも治療法の選択肢が増えることを願っています。研究へのやりがいを感じている今、私の将来の選択肢は大きく3つあります。治療薬の研究職、治験に関わる開発職、そして薬剤師。多くの患者さんの治療に関わりたい気持ちと、より患者さんに近い仕事がしたい気持ちが拮抗していますが、自分にとってベストな選択ができるよう挑戦を続けていきたいと考えています。

矢口 遥郁 (ヤグチ ハルカ)画像2