化学 − まだこの世にない分子を
自分たちで創りだす喜び。

講座名を「分子創成化学」とさせていただきました。
まだ世の中にない新しい分子骨格を「自らの手で創る」からです。
創りだした化合物は、性格も物性も、なにもわからない、未知のもの。
だからこそ、わたしたちの研究は「自由」であり、冒険心にあふれています。

薬学部 分子創成化学講座 教授

熊谷 直哉(クマガイ ナオヤ)

2021年11月時点

熊谷 直哉(クマガイ ナオヤ)

未知を扱う分子デザインの世界。
ここには「化学の自由」が存在する。

高校生のみなさんが学んでいる理科の対象分野のうち、化学にはユニークな特徴があります。それは、化学だけが、「まだこの世にない未知のもの」を研究の対象として含んでいる、ということです。物理の研究対象なら、現在特に注目されているのは、素粒子関連や宇宙の成り立ちでしょう。生物なら生命の仕組みや病気になるメカニズムですし、地学なら地殻の構成やその未来予測が研究の対象です。いずれも既に存在するものに対して、人類の英知でその解明を目指す学問です。化学では、原子レベルでその結合様式を操作して自由に分子骨格を構築することができます。その分子はこの世に存在しなかったもので、どんな性質を示すのか、創ってみなければ全くわかりません。化学には新しい分子骨格を産み出す自由が与えられていて、そこから新しい科学現象を紡ぎ出すということを目指し、私たちは「分子創成化学」を掲げて日々研究に取り組んでいます。ここにある圧倒的な学問的自由は、化学だけに与えられたものだと思っています。地球上のあらゆる生物の生命活動は、オーケストラのように統制のとれた一連の化学反応の賜物です。化学反応を分子構造から理解することは、生命現象を理解することにもつながり、外来の分子が生命体に及ぼす影響を追究する学問である薬学の理解を促すことにもつながるわけです。
昔から、薬学部には化学系の研究室が必ず設置されており、分子構造の研究を大切にする伝統がずっと続いています。それは、医薬品のアイデンティティーが分子構造に由来するものであり、それを理解することが薬を理解する第一歩であるからだと思います。また、新たに生まれた分子が、いろいろと興味深い物性を発揮するとわかった場合、物理学の分野にも波及効果を及ぼす可能性があります。さまざまな分野とのコラボレーションが期待できる、それもまた分子創成化学の魅力だと思います。

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化合物の性質を雄弁に物語る構造式は、
薬学教科を本質的に理解できるキーポイント。

私が化学に興味を持ったきっかけは、有機化合物の構造式です。高校の教科書で初めて見た時から、デザイン性に優れていて美しいと思っていました。大学に入ってからは、構造が性質を物語っている点にさらに深い興味を覚えました。化合物に関する研究を続けていると、構造式を見れば、その化合物がどういう性質を持っているかを理解できるようになります。体内で有害か無害か、あるいは一部分を少し変えるだけで薬にも毒にもなる、そういうことも構造式からわかります。21世紀は生命科学の時代と言われ、健康への関心が高い人がとても多いことはご存じのとおりです。では、ウェブやSNSメディアに溢れている健康関連の情報は正しいのかどうか。それも、大元の分子構造から本質を理解する力をつければ、正しい判断ができるようになります。一昔前の伝承薬などに頼っていた時代とは違い、今は分子レベルで生体内における振る舞い、分子間の相互作用等を理解した上で、医薬品を開発しています。薬学部の授業はとても数が多いですが、すべて有機的につながっていて、その基礎の部分に構造式があると思います。化合物の構造に詳しくなれると、薬学の教科の理解が一段と深まっていくはずです。

あなたにしか手に入らないものがある。
そのことに、やりがいを感じてほしい。

高校生のみなさんに伝えたいのは、世の中にないものを自分の手で創りだせる、そこに喜びを感じてほしいということです。膨大な情報があふれ、お金さえ出せばたいていのモノやコトが買える時代にあって、あなたにしか手に入れられないものがある。しかも、それはあなた自身のアイディアの体現です。これこそ、今の世の中で最も貴重な経験だと私は思います。サイエンスはみなクリエイティブですが、分子創成化学はその中でもさらに創造性の高い研究分野です。未知のものと格闘することにやりがいを感じるような人に、ぜひ慶應薬学部へ来てほしいと思います。

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