市販後の薬を育てるためには、
情報という養分が必要です。

私たちの研究のテーマは「市販後の薬をいかに有効・安全に使うか」です。
具体的には、薬の効き方や副作用に関する科学的なデータをもとに、
医療現場で役立つような「情報をつくる」ことに力を注いでいます。
それは、多様で豊富な情報によって薬を育てる「育薬」に他なりません。
医薬品情報学と薬物動態学は、育薬には欠かせない学問であり、
医療現場にとって最も重要であると私は考えています。

慶應義塾大学病院 薬剤部長
薬学部臨床薬学講座 教授
医学部病院薬剤学教室 教授

大谷 壽一(オオタニ ヒサカズ)

(2023年3月現在)

大谷 壽一(オオタニ ヒサカズ)

「市販後の薬をいかに有効・安全に使うか」が研究のテーマ。
その鍵を握るのが、薬物動態の視点と医薬品情報づくり。

現在、私たちが取り組んでいる研究のテーマを端的に表現するなら「市販後の薬をいかに有効・安全に使うか」となるでしょうか。薬は、その効き方や副作用に個人差があることは知られていますが、それがなぜ生じるのかについてはまだ十分にはわかっていません。
私たちは、個人差が生まれる原因を薬物動態の視点から解き明かそうとしています。薬物動態とは「薬が人の体内でどう動いているのか」ということ。その一つに「飲み合わせの研究」があります。薬を水以外の飲み物で服用すると、効き方や副作用が変わることがありますが、これは、吸収という薬物動態プロセスの変動によって説明がつきます。これまで、薬の効き方については平均値で考えることがほとんどでしたが、効き方に個人差をもたらす原因を一つ一つ追求していくことで、薬の有効性や安全性をより確かなものにできます。
そして、個人差の要因を知ることで、薬の使い方を個々人に合わせて調整していくことも可能になります。そのために、それぞれの薬に関するさまざまな基礎データを取っていくわけですが、そのままではただのデータであり、直接医療に役立つとは限りません。得られたデータから、「具体的に薬をどう使うべきか」という、医療現場で活きる医薬品情報をつくることが必要です。

大谷 壽一 (オオタニ ヒサカズ)画像2

市販後の薬はいわば未完成品、情報によって育てることが重要。
既存の薬が、医薬品情報によって新たに生まれ変わることもある。

市販された直後の薬というのは、いわば未完成品です。薬は、ベネフィットとリスクが評価されて、ベネフィットがリスクを上回ると認められれば市販されるので、リスクは常に内包されているわけですが、薬とは本来、そういうものだと思います。この点、私たちの研究は、未完成である薬を育てる「育薬」の一環であると言えます。特に新薬は、リスクがまだよく把握できていないことも多いですから、医薬品情報を創り出して有効性や安全性を高める、という過程が非常に重要となります。
また、既存の薬が育薬の過程で新しい薬に生まれ変わることもあります。例えば、薬害で問題になったサリドマイドは、多くの研究成果と、それらをもとにつくられた医薬品情報のおかげで、今はまた有効な薬として適切に活用されています。100年以上の歴史を持つアスピリンも、当初は解熱鎮痛剤として発売されましたが、現在は血液凝固抑制など、当初とは異なる用途で使われることの方が増えています。このように医薬品情報が、薬に新たな息吹を吹き込んだ例は、他にも数多くあります。

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臨床薬学講座と病院薬剤学教室は、医薬連携の一環として新たに生まれた研究室。
医薬連携により、医療現場で実践的教育が受けられる基盤を築いていく。

私が担当する臨床薬学講座(薬学部)と、病院薬剤学教室(医学部)は、慶應義塾における医薬連携の一環と言えるでしょう。医薬連携は、薬学部の学生のみなさんにとっても大きなメリットがあります。薬剤師が働く場所を大別すると、薬局と病院です。薬局に関しては芝共立キャンパス内に附属薬局があって身近な存在ですが、慶應義塾大学病院は、物理的にも心理的にもやや遠い存在でした。医薬連携により、心理的な距離を縮め、薬学部生が医療現場での教育や研究の機会を増やしてゆくことができます。また、今後は薬学部と医学部がお互いに情報交換しながら、より実践的な教育をつくり上げていくことも可能になります。

広く学ぶことは、深く学ぶことと同じくらい価値があること。
多くの学びを経験しておく方が、将来の可能性を広げることができる。

大学教育というと、深く学ぶことに目が向けられがちですが、広く学ぶことにも同じくらい価値があります。特に初年時の学部生にとっては、多くの学びの機会を活かすことが大切です。慶應薬学部の1年生は、他学部の学生と共に日吉キャンパスで学びます。そこでは、専門科目以外にも、総合大学ならではのバラエティに富んだ一般教養科目が履修できます。他学部の学生と授業や課外活動を通じて交流を深め、さまざまな考えにふれる機会もあるでしょう。大学は本来、深く学ぶことも広く学ぶこともできる場所であり、総合大学である慶應義塾大学には両方ができる環境があります。
また、数ある学部の中でも、薬学部は多種多様な進路が選べる学部だと言えます。医学部を出たら、ほとんどの人が臨床医になりますが、薬学部の場合は、医療現場の薬剤師だけではなく、研究・開発職や、食品会社勤務、行政機関で働いたりといった選択肢もあります。多くの選択肢の中から自分が納得できる将来を選び取ってほしいからこそ、慶應薬学部は、多様な専門性を持つ教授陣による、幅広い領域の学びを提供しています。私自身、キャリアのスタートは病院薬剤師で、その後、いろいろな分野に関わってきました。個人的には、薬物動態学と医薬品情報学こそが、医療現場で薬剤師に求められる最も重要な学問であると思っています。とはいえ、幅広い領域で多くの学びを経験しておく方が、将来さまざまな形で役立つことは間違いないでしょう。

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