医療研究とピアノ。
人々に癒しをもたらす役割は、同じです。

幼い頃から現在までずっと弾き続けているピアノは、いわばライフワーク。
これからも自分の人生に寄り添ってくれると思いますが、
ピアニストを職業としては選択しませんでした。
ピアノとは別の進路について考え続けているうちに、
自分が人体の仕組みへの興味を持っていることに気づき、慶應薬学部へ。
興味はいつしか研究の種へとつながり、
現在は2つの観点から研究を続けています。
将来は医療の現場で臨床的知識を吸収し、アカデミアの世界へ還元できればと思っています。

薬学研究科 薬学専攻 博士課程1年

三原 貴之(ミハラ タカユキ)

(2023年12月現在)

三原 貴之(ミハラ タカユキ)

物心ついた頃から慣れ親しんだピアノは、一生のライフワーク。
ピアノで結ばれた縁がもとで、リサイタルやCDリリースも。

ピアノは、物心ついた頃から私の身近にありました。母が音大出身で、2歳の時に直接手ほどきを受けましたが、最初は半ば強制的だったかもしれません。それでもピアノへの愛着は自然とわいて、幼い頃はグランドピアノの下で、脚柱に囲まれながら寝ていたこともあります。すっかり私の人生に欠かせない存在となり、今もずっと弾き続けています。

大学入学後、サークルからのお誘いもいただいたのですが、小さい頃から一人で弾き続けてきたので、ソロの方が落ち着きます。2019年には芝共薬祭実行委員会からオファーをいただき、芝共立キャンパス校舎内のアップライトピアノでソロコンサートを開きました。そのご縁はコロナ禍にオンラインで行われた2020年の第13回芝共薬祭にもつながり、高校の恩師が建てたホールから、私のピアノリサイタルをライブ配信しました。貴重な機会をいただけて、声をかけてくださった方々には本当に感謝しています。
ピアニストとしての活動でもうひとつ印象深かったことは、2022年のレコーディングです。私のピアノの師と交流があり、日ごろから大変お世話になっている方が新たにレーベルを設立したのですが、私にも「よかったらぜひ参加を」とお声がけくださいました。一流のピアニストだった師と二人三脚で人生を歩んでこられた調律師の方、その方が手塩にかけたピアノ、師とともに音づくりをされていたエンジニアの方など、考えうる限りで最高の場を用意してくださいました。しかも演奏は、私の出身地である山口県の渡辺翁記念会館ホールでセッション録音され、本当に幸せな時間を過ごすことができました。

ただ、ピアノを職業の手立てとすることは、もともと考えていませんでした。私の演奏スタイルは、作曲家が遺した珠玉の作品を、じっくりと自らの内に刻み込みながら仕上げていくので時間がかかります。特に私が大切に弾かせていただいているベートーヴェンのピアノソナタは、長い年月をかけて身につけたものです。音楽を職業とするには時として迅速性が求められます。どんな曲も即座に楽譜と格闘して弾きこなす...私の音楽との接し方とはギャップがありました。ピアノは私にとって一生のライフワークですが、生計を立てる術は他に探そうと中高生の頃に決めました。

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臨床の現場で必要な知識・技術を学ぶために、薬学部へ。
医療系三学部合同教育など慶應薬学部ならではの充実を実感。

高校生の頃、漠然と医療系の大学・学部へ行きたいという思いがありました。自分が人間としてこの世に生を受けたからには人間の体のしくみについてもっと知りたいという根源的な欲求がありましたし、医療という人を癒す行為を通じて、人々の役に立ちたいと考えていました。
医療系の学部の中から選ぶとすると、自分が比較的得意な化学と密接に結びついている薬学ではないかと思いました。さらに自分を掘り下げてみると、「実際の医療現場で何が必要とされているか」に強い興味を持っていることがわかったので、より臨床的な知識や技術を培うことのできる薬学科を選びました。
率直にいうと、慶應薬学部一本に絞った大学受験ではありませんでした。ただ、入学後すぐに実感したのは、医療系学部の教育がここまで充実している大学は他にないのではないか、という思いでした。慶應では医学部、看護医療学部、薬学部の医療系三学部合同教育が一貫して行われており、近年重要視されているチーム医療を学生の内から学ぶことができます。将来、医療の現場で生きていくうえで大切な土台を自分の中に築くためには、この上ない環境だと思います。

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学部生時代に見つけた研究の種を育てるために、博士課程へ。
2つの研究は学会発表の機会を得て、広く発信することができた。

薬学部薬学科で6年間を過ごした後、博士課程へ進学しました。所属研究室は薬効解析学講座です。博士課程進学の理由は、学部生時代に見つけた研究の種を育てて発展させないままでいるのはもったいないと考えたからです。薬学科は実習にも時間を割くことから、研究を続けるとなると学部生の6年間ではどうしても時間が足りないと感じました。

現在取り組んでいる主な研究テーマは、2つあります。
1つは、ある抗菌薬の新たな側面に光を当てる研究です。その抗菌薬は、特定の感染症の原因となる菌に対しての効果はもちろんのこと、それとは別の働きも併せ持つことにより症状を和らげる可能性があります。その仮説(デュアル効果)を検証するために、日々マウスと共に実験に勤しんでいます。私の研究を通じて、将来的に患者さんに対してこの抗菌薬がより効果的に使われるようになることを望んでいます。
もう1つは、臨床におけるある疑問に対して世の中に存在する数々の臨床研究をまとめて一つのデータをつくる、「メタ解析」とよばれる手法を用いた研究です。この手法により得られた研究データは、多くの臨床研究データを統合して算出するため、信頼性が高く、「診療ガイドライン」の作成に利用されています。診療ガイドラインとは、医療関係者が診断・治療を行う上で指針となる、検査や治療法の情報とその根拠(エビデンス)をまとめたものです。世の中のありとあらゆる臨床研究論文から適切なエビデンスを抽出することは大変ですが、私が所属する講座の優秀な仲間たちと力を合わせて取り組んでいます。いずれの研究も学会で発表させていただきました。発表のためのスキルも、博士課程のうちにしっかりと身につけようと思っています。
また、医療研究に携わり、ピアニストと共通する部分があると感じました。手段こそ違いますが、どちらも人の生活に癒しをもたらします。広い意味では同じものだと私は捉えています。

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博士課程卒業後は、医療現場で研究を通して患者さんにより良い医療を提供。
薬効解析学講座の「自らの研究が医療現場に変化をもたらす」を実践。

博士課程修了後は、医療現場に出て"生きた"知識を吸収し、現場で実際に起きている課題を見つけ、それをアカデミアで解決し、患者さんに還元したいと考えています。これは、私が所属する薬効解析学講座の先生方の背中を見ながら思い描いた将来像です。薬効解析学講座の先生方は元々病院薬剤師で、研究テーマは全て実際の臨床現場に根差しており、研究を通して課題を解決し患者さんの利益となるように医療現場に還元しています。薬効解析学講座の一番の魅力は、自分たちの研究がリアルタイムで臨床の現場に反映されていくところにあります。例えば、診療ガイドラインに自分たちの論文が引用されて治療方針が変わったり、あるいは抗菌薬の選択基準が変わったりと、研究成果によって医療が進歩し、患者さんにより良い医療を提供できるのだと実感できます。
慶應義塾大学は、薬学部はもちろん他の学部も充実していて、各分野において知識や技術に長けた方たちがたくさんいらっしゃいます。私が今取り組んでいる研究も、そうした方たちの協力や影響があってのものです。周りの方から日常的に刺激を受けられる、そういう学生生活が慶應にはあります。

受験勉強がつらいことは私もよく知っています。でも、その先には苦労に見合った、もしくはそれ以上の体験が待っています。今までとは比較にならない「豊かな学び」をみなさんにもぜひ知ってほしいと思います。

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