生命の本質を突き詰める
「リピドームアトラスプロジェクト」発足

ゲノムやタンパク質の網羅的な解析が進む中、脂質については、
その重要性にも関わらず網羅的解析が可能になってきたのはごく最近のことです。
そしてついに、2021年10月より慶應義塾大学薬学部が中心となって
「リピドームアトラスプロジェクト」が発足しました。
この研究を指揮する有田誠教授は、脂質の構造多様性や機能から生命の謎を解き明かそうとしています。

薬学部 代謝生理化学講座 教授

有田 誠(アリタ マコト)

2021年12月時点

有田 誠(アリタ マコト)

撮影:慶應義塾大学薬学部

脂質研究から解き明かす生命秩序

私たちの体の中で、生きるためのエネルギー源や細胞内外を隔てる膜の構成要素、シグナル分子としての役割を担う脂質。「生命秩序の原理やしくみを知りたい」。生物への純粋な興味に突き動かされた有田教授は、脂質の構造多様性や生理機能を研究することで、生命をより深く理解できるのではと考えました。生命は多様な分子が相互に関わる複雑なシステムで成り立っています。有田教授らは、推定4万種以上ともいわれる脂質の構造多様性を明らかにするための質量分析テクノロジーの開発に成功。生体内に存在する脂質を一斉に分析して、特定の臓器や細胞にどんな脂質が存在しているのかをリピドームアトラスとして定量・可視化できるようにしました。これにより、発生、炎症、老化、がん、腸内細菌などの研究で特徴的な脂質代謝の変動を見出せるようになったのです。

有田 誠 (アリタ マコト)画像1
リピドームアトラスプロジェクトの実験室にて前川 大志 専任講師(左)と。

撮影:慶應義塾大学薬学部

好奇心がライフサイエンスを進歩させる

「今後は、これらの脂質分子が臓器や細胞のどこで、何に作用してどのように働くのか、それらを可視化していきたい」と有田教授。脂質の働きを明らかにすることは、病気の診断や治療にもつながります。たとえば、動脈硬化、糖尿病、神経変性疾患などの病気は、脂質を代謝するしくみの異常に起因する慢性炎症が関係しています。生命の脂質多様性やその生理的意義を明らかにすることは、ヒトの健康を維持するしくみを分子レベルで理解することになるのです。「知りたいことを突き詰めていくと、ぱっと目の前が開けて理解できる瞬間がやってくる。自然がつくった生命の仕組みは実に美しい。それがサイエンスの醍醐味です」。新しい発見を支えるのは、知りたいという強い好奇心だと有田教授は語ってくれました。その想いがあってこそ、開発したテクノロジーが活かされて、研究がまた一歩進んでいくのです。