免疫の力で難治がんを克服する未来へ。

わが国でがんにかかる人は2人に1人と言われています。
早期発見や治療の進歩で治るがんも増えていますが、それでも既存の治療法が効かない難治がんの
患者さんがいます。私は医師として、副作用を伴う強い治療を受けた後一旦病気が良くなっても、
最終的にがんが再発してしまう患者さんを少なからず見てきました。
その経験が、難治性がんに対抗する新規治療法に取り組む動機となっています。
病態生理学講座では、とくに免疫が持っている可能性に新たな光を見出し、
難治がんにも通用する治療薬・治療法を開発する研究を行っています。
私たちの身体に備わっている免疫系は、多くの要素が緻密に作用し合ってできている、奥深い世界。
ウイルスなどの病原体に反応するだけでなく、毎日私たちの体内で少しずつ
発生しているがん細胞を排除しています。
一方で、がん細胞も免疫に対抗し増殖する性質を持っているため、これを克服する治療が必要です。

病態生理学講座 教授

松下 麻衣子(マツシタ マイコ)

(2024年4月現在)

松下 麻衣子(マツシタ マイコ)

がんの中の女王蜂として君臨するがん幹細胞を目がけて攻撃する。
TCR-T細胞療法は「生きた薬」の進化形。

近年がんに対してさまざまな薬が開発され、生存率は上がっていますが、それでも治療後に再発してしまうケースがあります。そういう難治がんを克服するために、主に2つのアプローチで研究を行っています。
まず、がんが再発する原因となる「がん幹細胞」をターゲットとした新たな免疫療法の開発研究に取り組んできました。これまでの成果として「がん幹細胞」が免疫細胞に認識される目印となる抗原を複数発見しています。
ある患者さんのがんを蜂の巣に例えると、「がん幹細胞」はいわば女王蜂にあたります。つまり自己複製能力があり、働き蜂にあたるがん細胞をどんどん生み出しています。実はこれらの「がん幹細胞」以外のがん細胞は、通常使用される抗がん剤で排除されるのですが、「がん幹細胞」だけは様々な理由で抗がん剤が効きにくく、治療後も生き残ってまた働き蜂にあたるがん細胞を生み出すことによって、がんの再発や転移の元凶となります。そこで私たちは、「がん幹細胞」に特異的に発現しているある分子に着目しました。さらに、この分子を高発現している細胞を攻撃できるT細胞 (TCR-T細胞)を遺伝子改変によって体の外で作ることに成功しました。
最終的には、患者さんの血液中から分離したT細胞に同様の遺伝子操作を行い、がん幹細胞に対する攻撃性を強化した後、患者さんの体内に戻すという治療法の開発を目指しています。このように生きた細胞を使った細胞医薬は他にもキメラ抗原受容体(CAR)-T療法が有名ですが、living drug(生きた薬)と呼ばれ、最近大きな注目を集めています。

松下 麻衣子(マツシタ マイコ)画像1

薬の投与後に、ダイイングメッセージのような目印を残して死ぬ、がん細胞。
その目印を活かす治療の開発も。

2つめのアプローチは、免疫原性細胞死(ICD)を利用した治療法です。抗がん剤を使うとがん細胞は死滅しますが、使用した薬によっては、がん細胞が死にゆく過程で免疫細胞に認識される目印を発現し、がんに対する免疫反応が強化される場合があります。私たちはこのICDという現象に着目し、ICDを起こしやすい薬を探しているところです。
本来、人間の体内には、がん細胞を攻撃する免疫細胞が数多く備わっています。例えば、樹状細胞という細胞はがん細胞を取り込んでリンパ球に信号を伝え、がん細胞を攻撃するようにリンパ球を変化させます。がん細胞はこの仕組みをすり抜けて生き延び、増えていくのですが、ICDを起こしやすくする薬を使うことでリンパ球をより強く活性化し、がん細胞を攻撃する精度を上げることが可能です。
どういう薬がICDを起こしやすいのかはまだ完全には解明されていません。これまでに私たちは多発性骨髄腫という血液のがんに対して既存の抗がん剤の一部がICDを起こすことを報告し、さらに現在は、他にも同じような働きをする薬のスクリーニングを行っています。すでに、有機合成を専門としている学内外の研究室から天然由来化合物、すなわち植物など自然に存在するものから合成された化合物を提供していただき、有望な候補薬を見出しています。

最終的には、患者さんに成果を還元できる研究を目指したい。
そのために、慶應医学部をはじめとする医療機関と連携。

当講座の研究は、研究室で薬や細胞を使って行う基礎研究ではありますが、最終的には患者さんの治療に応用できる成果を目指しています。基礎研究を臨床で応用するトランスリレーショナルリサーチ、逆に臨床の現場で起こっている問題を基礎研究で解決しようとするリバースリレーショナルリサーチ、どちらも目指しています。共通して必要なのは、医療現場との連携です。これはとくに、医療系の3学部を擁する総合大学の慶應義塾ならではの環境により可能となっています。

松下 麻衣子(マツシタ マイコ)画像2

海外交流は、自分の視野を広げるための絶好の機会。

学生生活では、色々なことに興味を持ち、自分の視野を思い切り広げてほしいと思っています。そういう意味で、海外交流は一つの有効な方法です。
私自身、大学時代の夏休みに米国シカゴの大学で1ヶ月の病院実習に参加し、当時の日本ではほとんど見られなかった病棟薬剤師を含む医療チームとともに、度々患者さんの病室を訪れました。そこで、薬剤師が医師に信頼されていること、それを前提に薬物療法についての適切なアドバイスを行う場面を目の当たりにしました。この時の光景は、その後、治療の要となり得る薬剤師の育成に貢献したいという私の思いの源になっています。
慶應薬学部には交換留学を含む複数の海外交流プログラムがあります。また、もし皆さんが海外へ行かなかったとしても、芝共立キャンパスで海外からの交換留学生を受け入れているので、アメリカやタイの薬学生と交流することができます。慶應薬学部には、視野を広げ、知らない世界に出会う機会があるのです。